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子供の頃の知能検査 [日常のあれやこれや]

今日会社のみんなと昼食を食べていて、どういう脈絡からか、小学校の頃、知能検査というのがあった、と誰かが思い出して、みんながそういえばあったあった、なんて言っていた。僕も2回かあるいは3回受けたような気がする。先生お手製のガリ版刷りではなく、活字印刷されたテストは僕には珍しかったのでそれが記憶に残っている。一緒に食事してたのがみんな六十歳前後で、僕以外はみんな東京周辺の都市部で子供時代を過ごしていた。おそらく昭和40年前後に全国的に実施されていた、ということだろう。

食事しながら一人が、試験の結果、親が学校から呼ばれて聞くに、あなたのお子さんは知能指数が高い、今から勉強に力を入れれば、いずれはひとかどの人物に、などと言われて鼻高々で帰ってきた、という思い出を語っていた。

その話を聞いて僕もずっと忘れていた半世紀前のことを思い出した....

小学校の何年生だったかはわからない。知能検査を受けた、というのさえ忘れたころ、おそらく1、2ヶ月経ってから、夕方に母親が学校から帰ってきて、僕を居間に呼んだ。母親は学校に呼ばれたのか、そのときたまたま学校に行っただけなのか、僕にはわからなかった。

母親と二人で、お互い座布団に座って対峙するときは、たいてい僕にとっていい話ではない、とすでに学習していたので、小さくなって頭を垂れていた。その時の母親の話のディテールはよく覚えていないけど、予感の通り、知能検査の結果が極端に悪い、という話だった。どのくらい悪かったのかも覚えていないけど、担任からの話ではないらしかったので、それなりということだろう。

学校の成績とは別なので、検査の結果にかかわらず、しっかり勉強をすれば普通の子供と同じようになることができる、というような慰めを学校から受けて帰ってきた、というような話だったと覚えている。学期の終わりに通信簿をもらうたび、成績のことで母親から叱責を受けていたので、そのときは、ああ、またか、と、成績が学級で後ろから1、2だったのでその結果も当然だろう、と当時の僕は考えていたんだろう。

母親の大きなため息のあとに、僕は解放された。それもいつものことだったので、僕はその直後にはもうそのことは忘れてしまったんだろう、そのあとどう思ったかあるいはどうしたかという記憶はまったくない。情けない話だけど、僕はそういう子供だった。

今日の昼食のあと、ちょっと気になったことがあった。当時の僕の成績が悪いのは授業をちゃんと聞くことができていなかったので当然なんだけど、なぜそのとき知能検査の結果も飛び抜けて悪かったんだろう。理科や計算問題以外の算数の成績はむしろいい方だったのに。人間の知能を測定するのは難しいだろうけど、同い年の子供の中での比較だったはずなので、やはり当時の僕の思考の能力を反映してた、と考えるべきなんだろう。

僕にとって幸福なことにその知能検査の結果が直接その後の人生に影響することはなかった。検査の結果は影響しなかったけど、知能そのものは当然陰に陽に影響しているはずである。そう思うと何のための検査なのか、という気がしないでもない。

なんて、どうでもいいことを考えてるぐらいなら、仕事で今苦しんでる問題をちょっとでも考えろよ、ということなんだけど、やっぱり三つ子の魂だな。実は六十超えても、子供の頃からなーんも変わってない、ということだな。
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コメント 4

たこやきおやじ

私も受けた記憶は薄らとありますが、結果がどうであったのかは全く記憶がありません。decafishさんは覚えているだけでも大したものだと思います。私が小学校で覚えているのは、プールでふざけていて先生にビンタを食らった事と、学校のテレビで東京オリンピックを見た記憶しかありません。(^^;
by たこやきおやじ (2018-09-20 23:45) 

decafish

コメントありがとうございます。
失礼ですが、笑っちゃいました。今では先生が生徒をビンタすると問題になるかもしれません。
僕も小学校の記憶はろくなのがないのですが、とんでもなく成績が悪かったので、それにまつわる記憶は写真のように覚えています。

特に、「1」がずらっと並んだ通信簿を母親に渡した時に、母は何も言わずにただ通信簿を持ったまま、はらはらと涙を流したときには、座らされた座布団のかどの房の色とか、秋の午後の他に誰もいない教室で担任の先生が「あなたが何を考えてるのか私には全然わからない..」と言いながら泣いたのは、そのときの匂いまで今でも思い出します。

そういうロクでもない子供だったので、いじめの格好の標的で当時はすごく苦しんだのですが、そっちのほうは今では「そういうことがあった」という記憶があるだけで、具体的にはまったく覚えていません。

記憶とは面白いものですね。
by decafish (2018-09-21 21:09) 

たこやきおやじ

私が塾の講師をしていた時、中学生ですが1が沢山付いている子供を何人か教えた事がありました。これらの子供の多くは勉強の他に何か問題を抱えていました。本当に頭の悪い子(特別支援に行くべきだったという意味です)は少なかったと思います。
このブログをこれまで読んでいるとdecafishさんは、私なんぞより何倍も頭が良く、知識も豊富な方だと思っていました。きっと、小学校の頃から「神童」と呼ばれるような成績の良い方だと思っていました。私からすると、意外な幼少期だったのですね。(^^;
by たこやきおやじ (2018-09-22 11:11) 

decafish

僕の通信簿に「1」が並んだのはたしか小学校の3年か4年の1学期で、全部が「1」ではなくて理科と算数は「1」ではなかった(でも「3」と「2」)と思います。母親は夏の間ずっと悩んで誰かに相談したら、「先生も「1」はつけたくないのに誰かにはつけないといけない、そうすると一ヶ所にまとめた方が楽だろうから」などと言われたそうです。僕が母親からそう聴いたとき、なるほど、と思ったのですが、よく考えたらちっとも慰めにはなってません。

神童も「二十歳過ぎればタダの人」というように、僕みたいな「神童」の正反対の子供も多くは案外「二十歳過ぎればタダの人」なのではないでしょうか。

ところで、「神童」の反対ってなんて言うんでしょう。
by decafish (2018-09-22 19:38) 

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