So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の16件 | -

オーディオ「超」マニア [昔話]

昨日、うちの娘と話してて思い出した大昔のこと。僕が大学を卒業して都内に本社がある会社に入ったばっかりのころの、もう35年前の話である。

うちは神戸の周辺だったし大学は京都で下宿していたので入社して独身寮に入った。寮といっても団地サイズ6畳二間の2Kが並んだプレハブ二階建てアパートを借り上げたもので、1戸に一部屋ずつふたりで使って、バストイレ台所はふたりで共用だった。

僕と相部屋だったやつは都内の大学の学部卒で音響製品の工務に配属されて、一方僕は部品の開発への配属だった。僕は配属先で約8ヶ月間の新入社員研修があって残業はまったくなく研修仲間で毎晩遊び歩いていたけど、相部屋の彼はすぐ仕事について残業をこなしていた。職場の場所も違っていたし歳の差もあって(僕は修卒だった)、休日以外では話すこともなく、顔を合わすこともあまりなかった。彼と言葉を交わしたのべ時間はせいぜい10時間にも満たないけど、僕にあることを思い知らせてくれた.....

続きを読む


nice!(1)  コメント(2) 

仕事がどんどん増える [日常のあれやこれや]

もちろん何もかも自分でやろうとしてることが直接の原因なんだけど、そうせざるを得ない状況に陥っている。つい今日昼の打ち合わせでも「これとこれはどなたかにお願いしたい」という話をした。「はいはいわかりました」「ではそれぞれ分担しましょう」でも誰も自分でやるつもりはなくて、総論賛成各論反対。

ところで、なんでも自分でやらないといけないと思い込む統合失調症の症状があるそうだけど、僕はそうではない、と思う(患者は皆そう思ってるだろうから無意味な主張だな、ゲーデルの不完全性定理によれば)。

あーあ、夜の間に小人の妖精さんたちが僕の仕事を片付けてくれていて、朝起きたらデバグが全部終わってる、しかも古いObjective-Cで書いたコードまできれいでタイトなSwiftで書き直されている、なんてことはないかな。いやそれよりも、お客さんの御無体な要求への返事のための計算をしてくれたほうがありがたいな。あれは手間がかかるくせにつまらなくてしかも必ず「それならいらない」ってなるしな。

小人の妖精さんには仕事の選り好みはないのかな。やってくれるなら卵の殻でお湯を沸かすぐらい、すぐやるのにな。
nice!(0)  コメント(0) 

Markdown関連メモ [LaTeX関連]

またこの土日もソフトウェア書き。ここんとこそうやってもう何ヶ月も土日を潰して、休みはずっと引きこもり状態。来年のいくつかの内外展示会に、これまでよりもうちょっとだけ大掛かりなデモをやるつもりでいる。それに向けてRaspberry Pi用の通信やらGigEカメラのドライバやらをリファクタしたり作り直したりして、それをもとにデモを構築しようと思っている。会社のみんなはそのデモにそれなりの期待はしてるけど、僕がそのために具体的に何をしているかを理解している人は誰もいない。

ところで全然話は違うんだけど、震災後紙に描くことをやめからずっと僕はメモ書き用にLaTeXを使ってきた。適当なテキストエディタですぐ書けたし、そのメモに式を書くことが多かったからである。でもLaTeXだとキータイプがどうしても多くなってしまうので、Markdown(.md)も使おうとずっと思ってたんだけど、なかなかできなかった。単にめんどくさかっただなんだけど。

先週の出張中、ホテルでメモを書いてたときに、やっぱりmdにしようと思って調べた。その完全に自分用のメモ....

続きを読む


nice!(0)  コメント(0) 

僕の世代のヒーロー平沢進 [日常のあれやこれや]

また工場に来ていて、いまホテルに戻ったところ。

僕は学生の頃からの平沢進のファンで、しかも僕は彼とほぼ同世代(彼が三つ上)なので、もうほぼ40年間ずっと動静を注視してきた。彼は膨大な量のツィートをしてるんだけど、その内容は、たぶん善良な一般社会人には理解不能なものがほとんで、コアなファンであっても真意を測りかねることも多いのではないか、と思う。

昨日、その平沢進本人からマンドレイク時代の貴重な画像が公開された。

おそらく善良な一般社会人は、なんの疑いもなく信用するのではないだろうか。

ちなみに、僕は学生の時、友人3人と多重録音した音源をローランド「シンセサイザー・テープ・コンテスト」に応募して(応募したのは僕じゃないけど)、その年の最優秀をもらって、入賞作品が収録されたLPの第1トラックに刻まれたという経験を持つ(その選者の評に「音楽性の高さを評価」とあったのを覚えている。関西圏での表彰式に、当時の大阪のショールームへ3人でいそいそと行った)。

何にちなんでそんなことを書いたかというと、その僕らのコンテスト最優秀と、マンドレイク時代の若い平沢進が同様の別のコンテストで絶大な賞賛を受けたのとは、ほぼ同時期である。

nice!(0)  コメント(0) 

macOS Mojaveでの「どこでもMy Mac」廃止の影響 [日常のあれやこれや]

最近Macを起動するとMojaveにアップグレードしろ、とうるさい。いつのまにか/Applicationsフォルダに巨大な(6GBもある)「macOS Mojaveインストール」なんて言うファイルがインストールされている。ただでさえ小さいMacBook Proのストレージをやりくりしてるところ(SSDが128GBしかないのにXcodeが14GB、Mathematicaが12GB、Adobe Illustrator、Photshopとその周辺で5GBある)で、Appleのこう言う振る舞いは非常に気分が悪い。

僕がアップグレードをためらっている理由は「どこでもMy Mac」あるいは「Back to My Mac」がMojaveでは廃止されるからである。「どこでもMy Mac」はiCloudサービスの一環で、僕の理解では、iCloudで認証してiCloudのサーバをDDNSサーバにしてIPsecでトンネルするVPNである。非常に遅かったけど、工場にあるMacがおかしい、なんていうときにオフィスやうちからアクセスできたので便利だった。Appleのサポート記事にはVPNの代わりの記述はなく、なんとなくごまかしてる感じがある。

遅いのに何が気に入っていたかと言うと、まずiCloudのオマケでタダだったということと、Wide-Area-Bonjourを使うことで、LAN内の「.local」と全く同じ扱いができた、と言う点。LAN内では他のホストはBonjour(ZeroConf)のおかげで、decafishMacBook.localなどと言う名前でsshでもsftpでもvncでもrsyncなんかも使える。僕がインストールしたRaspberry Piには全部avahiserviceファイルを書いてあるので、ホスト名を忘れても見つけることができる。また、僕は使ったことないけど、プリンタやスキャナも同じように使えるらしい。

「どこでもMy Mac」では「.local」ドメインの代わりに
decafishMacBook.123456789.members.btmm.icloud.com
なんて言う名前で全く同じことが(速度以外には問題なく)できた。このドメイン名のうち「123456789」のところがiCloudユーザごとに割り振られている。ただし認証がiCloudなので、リモートのマシンにもiCloudの同じアカウントでログインしてないといけない。したがってiCloudにサインインできないRaspberry Piなんかにssh接続するときは、例えばいったんリモートのMacにsshで入ってからさらに.localで接続するしかない。

これはBonjourとIPv6+IPSecの組み合わせのおかげなので、見た目はシンプルである。これに比べるといろいろあるVPNソフトウェアは、ナマのsshやsftpを知らない人にはいいかもしれないけど、ごちゃごちゃして、うるさくて、煩わしい。

試しに会社にある設備用のMac miniを1台だけMojaveにアップグレードした。そいつは「123456789.members.btmm.icloud.com」から消えて無くなったし、そいつからも「123456789.members.btmm.icloud.com」はアクセスできなくなった。確かに言った通りになってる。

なにか代わりになるのはないかなあ。できればWide-Area-Bonjourサービスしてくれる(安く、できれば「ロハ」で)ところってないかなあ。しかし、そもそもMojaveではWide-Area-Bonjourが使えない、ってことなのかな? そこまで厳しくはないよなあ? なんかいい手はないかなあ....
nice!(0)  コメント(0) 

Mac miniがアップデート [日常のあれやこれや]

Mac miniがやっとアップデートされた。僕が会社を移った年以来で丸4年ぶりになる。会社を移ってから設備用のホストとしてもう6台入れてるけど、パフォーマンスには不満というか物足りなさがあった。GigEカメラで取った光強度分布の計算処理と表示が主な役割なんだけど、フレームレートをあげると未処理フレームが溜まってあっという間にメモリを使い果たしてスラッシングを起こしてしまう。

ソフトウェア上の律速段階としては計算そのものがあるんだけど、もうひとつはGigEカメラのドライバ。これはずっと前に僕が書いたもので、動くようになってからそのまま手を入れずに使っているので、気合を入れてちゃんとチューニングするとか、それ以前にフレームが溜まりかけたら古いのを捨てるようにすればいいんだけど、とりあえず動いているやつに手を入れるのも面倒で(一度ちょっといじったらどこからかぶりぶりリークして、数十秒で電源を落とすしかなくなったりしたのでくじけた)、もう少しでいいのでパフォーマンスの高い、例えば2コアでなくて4コアとか(コア数が増えると、カメラドライバにはあまり関係ないんだけど、計算処理がずっと軽くなってカメラドライバにCPUを割り当てられる)のが欲しかった。

今回のアップデートで4コアになったので、一瞬、喜んだんだけど、値段はこれまでの倍になってしまった。しかも廉価版ラインがなくなってしまった。実質的な値上げじゃん。困ったなあ、これでは逆にパフォーマンス余っちゃうんだよなあ。僕としては値段はそのままでパフォーマンスが上がってくれるのが一番良かったんだけど、1台を2ユーザで使うようにしようか。でもそれだとこんどはメモリが足りなくなるよなあ、たぶん。

設備にMacを使うのは限界かなあ。Macだと全部僕がプログラムできたので、簡単で手っ取り早くて安上がりだった。でもそんなことしてるからいつまでも忙しいというのもある。Windowsだとハードは安いし選択肢はいっぱいあるんだけど、こんどはソフトを他所に頼まないといけなくなる。そうすると一品モノの専用ソフトになるので、ハードの値段なんかすぐ吹っ飛ぶよなあ。

なんだかイマイチだなあ。
nice!(0)  コメント(0) 

年寄りに仕事させるなよ [日常のあれやこれや]

今日もまた工場に来て今ホテルに戻ってきた。すごく忙しい。若い頃も忙しい時代があったけど、そのころはぶりぶり長時間残業してやり過ごしてた。ところが最近は歳のせいで残業が効かない、というか残業するとむしろ効率が下がってトータルのスループットが出なくなるので、どんどん時間が足りなくなる。

忙しさの質も若い頃とは違ってる。今いる会社のような零細企業では、僕が前いたような大企業と同じようなことをしていては絶対ダメで(もちろんできるわけもなく)、小さくてもなにかひとつピン芸、一発芸というか、一瞬の出オチでもいいので他と違うところがなければいけない。それをひねり出すのは僕の役目で、このままではヤバいと思っていて、危機感というか焦りを感じている。それは単に時間の問題だけではない。

それでも、去年の暮れから始めたテーマにはそれなりのデータが溜まってきて、計算間違いでもなければ嘘っぱちでもないということがわかってきた。一方、それなりに弱点もいくつか見つかってきた。お客さんの中には面白がってくれるところもでてきたけど、まだ具体的な話、仕様を決めてサンプル作って評価してもらう、という話にまでたどり着いたところはまだない。

それとは別に営業がぽつぽつと既存のモデルの仕事を取ってくる。それはありがたいんだけど、これまで作ってたのがそのまま使えるということは全くない。物理的に不可能なことを言うお客さんには丁重にお断りを入れるんだけど、それ以外には物理限界をぎりぎり狙ってくるお客さんや、突拍子もない数字、でも理論的には正しい、なんてところに突っ込むお客さんばっかり。普通の人はいないのかよ(どうも大手ベンダに断られてあちこちしたあげく最後にこっちに来る、というパターンらしい)。

たいていそういうのは新しい調整機や評価機が必要になる。そのうち光学にまつわるものは僕の担当になる。どの装置も全部人間が目でモニタを見て、手を使ってマイクロメータを調整するという装置にしている。たかだか月に百個作るのにエアシリンダぷしゅぷしゅソレノイドぎっちょんぎっちょんステッピングモータぎゅるぎゅるもない、と僕は思うんだけど、僕が入る前はそういう戦艦大和なゴツい装置を専門の装置屋さんに作らせていた。申し訳ないが順にお払い箱にして部品取りさせてもらった。

こういうことしていると当然のことながら、工場の調整機評価機や手元にある開発用の光学関連設備はどれも、僕がプログラムしたMacとRaspberry Piが繋がった、光学ブレッドボードの上にGigEカメラと汎用光学部品をバラックで組んだものばかりになった(誰かがいみじくも「大学の研究室みたい」と言った)。

それって、自作自演というか、自業自得というか、自家発電というか、年寄りが自分の居場所がなくなるのが怖くて、無理やり仕事を作ってるようなもんだから、そりゃ忙しくもなるだろ、と言われるわな。

でも僕としては生物が周りの環境というか生態系に影響を受けて種がだんだん改変されていってその結果ニッチを得るように、僕も環境に合わせて仕事の内容ややり方を最適化していった結果こうなったんであって、ニッチを確立するという目的が先にあったわけではない、と思っている。まあ、人様から見ればまったくどうでもいいことだろうけど。
nice!(0)  コメント(0) 

リンカのライブラリ探索 [Raspberry Pi]

macOS上にRaspbianのクロス環境を作って、XcodeのエディタなどのUIを使えるようにしたんだけど、外部のライブラリをリンクするときによくわからないことが起こっていた。仕事にも使ってるのでかなり困って悩んでた。

例えばlibxml2をリンクするとgcc(linaroのもの)だと問題ないのに、新しいclangを使うとうまくいかない。エラーの内容を見ると、
/usr/local/raspbian-sdk/prebuilt/bin/arm-linux-gnueabihf-ld: warning: libdl.so.2, needed by /usr/local/raspbian-sdk/prebuilt/bin/../../sysroot/usr/lib/arm-linux-gnueabihf/libxml2.so, not found (try using -rpath or -rpath-link)
/usr/local/raspbian-sdk/prebuilt/bin/arm-linux-gnueabihf-ld: warning: libicui18n.so.57, needed by /usr/local/raspbian-sdk/prebuilt/bin/../../sysroot/usr/lib/arm-linux-gnueabihf/libxml2.so, not found (try using -rpath or -rpath-link)
.....
どうやらlibxml2が依存しているライブラリが見つからない、と言っているようである。でもちゃんとあるのになんでかなあ、と思っていた。これは僕が最近のLinuxのリンクのメカニズムをちゃんと理解していないせいだった。とりあえずエラーを出さずに済ます方法はわかったんだけど、複雑ですごく難しい....

続きを読む


nice!(0)  コメント(0) 

Eテレ「クラシック音楽館」シュトラウスとマーラー [クラシック]

今夜、Eテレの「クラシック音楽館」のヤルヴィN響を見た。前半はヨハン・シュトラウスのワルツを何曲かだった。シュトラウスは毎年明けにウィーンフィルが実況をやるのでさんざ聴いている。はっきり言ってどれも内容に乏しい音楽で、僕からするとなんでわざわざコンサートでやるのかわからない。

ヤルヴィN響のアンサンブルは完璧なんだけど、いつも正月にテレビの前で酒を飲みながら寝転がって聴いているウィーンフィルに比べるとすごく硬い。シュトラウスの音楽は徹底的に能天気で、耳たぶより後ろのことはさっぱり忘れた、というようなのに、なんだか難しいことをやっているぞ、みたいに聴こえる。せめて楽しそうならいいのにと思うんだけどそういうところもあまりない。音楽の空虚さが強調されているように聴こえてしまった。

一緒に聴いてた女房によると「ベートーヴェンがスカートはいてるみたい」という。音楽の演奏のことになるといつも辛辣な僕の女房だけど、言い得て妙だと思えてこれには僕も笑ってしまった。

後半はマーラーの4番。僕はこの曲をヤルヴィが言うような純粋な曲だとは思っていない。マーラーが二十歳代半ばで書いた第1番は自身の子供時代と決別する曲なのに、その十年以上も後に子供の純粋さを持つ曲を書くわけがない。僕はこの曲を、四十歳を間近にしたマーラーがあるとき見た長い夢を音楽にしたものなんではないか、と思っている。

誰でも自分の若い頃の、妙に鮮明な夢を見るものである。見ているときには懐かしさは感じないし、現在の歳をとった自分が何も知らない若い自分に乗り移っていることに不自然さは感じない。しかし既視感がうっすらとあって、ふとしたところに今の自分が投影できない齟齬というか違和感があったりする。そういう没入的な感覚と鳥瞰的な視点とが同時にこの曲にはあると思っている。

ヤルヴィN響はここでもなんだか硬いんだけど、シュトラウスに比べればそれほど気にならない。シュトラウスにはない音楽的な内容に救われていると言う感じもする。

驚いたのは4楽章で歌うソプラノが3楽章最後のトゥッティのフォルテシモのときに袖から歩いてきて、ヤルヴィのそばに立ったこと。これは盲点だった。最初から立ってるわけにもいかず、かといって3楽章が終わってから現れると拍手が起こったりしてシラけてしまう。アイデア賞ものの大正解。これって最近は他でもこうなのかな。

この曲のソプラノは難しい。マーラーの曲に出てくる声楽ソロは下手ではダメだけど、上手すぎて全てを歌い尽くすようなのはもっとダメで、余白というかスキがないと面白くない。特にこれと「大地の歌」、それに「角笛」と「亡き子」はそうで、さらにこの4番ではイタリアオペラみたいな豊満でエロいソプラノだとそれだけで曲全体がぶち壊しになってしまう。その意味でこのソプラノはよかった。ちょうどいい下手さがあった。それに楽譜を手に持たず、音のない間もずっと顔をあげたままなのもいいし、終わってからの若々しい笑顔もよかった。

歳を食うと、肩を露わにしたぼんきゅっぼんよりもこのほうがかえってエロを感じるものである。なんのこっちゃ。
nice!(0)  コメント(0) 

微細構造定数とリーマン予想 [日常のあれやこれや]

急にいろんなところでバズってるアティヤ先生の論文。公開されてる論文を読んでも微細構造定数の話はよくわからなくて、参考文献[2]にあがってるその前の「2018-The_Fine_Structure_Constant.pdf」を読まないといけないらしい。しかしそれを読んでもやっぱりよくわからない。数学のところがよくわからないせいかもしれないけど。

微細構造定数って、なにか電子の電荷$e$とか、あるいは量子論的なそれにかわる場の定数や、もっと一般にそれらと他の物理定数($c$や$\hbar$とか)を含んだ量との関係が示されないと、その物理的な内容がわからない。しかしふたつの公開された論文のどちらにも何の言及もない。従って何をもってその定数が「微細構造定数」だと言っているのかまったくわからない。単に値が似てると言っているようにしか僕には見えない。

参考文献[2]の7.1式がキモらしい。この内容は僕にはまったくわからない。この中の積分は当然$j$と$\log j$に関する式になって$j$を大きくすると$j^2 \log j$ぐらいのオーダで発散するけど、それぞれの項に$1/2^j$がかかってるので無限和は収束するっぽいとは思える。すでにMathematicaでこれに従って値を計算して微細構造定数の値から遠いと言っている人もいる。

僕は純粋物理の専門家でも数学の専門家でもないけど、ふたつの論文をさらっと読む限りは「トンデモ」の匂いがそこはかとなくしてるように思えた。アティヤ先生にとってこの微細構造定数の次は重力定数$G$なのだそうで、そうなるともう「トンデモ」以外の何物でもない、という感じがする(重力定数は幾何学的な量とエネルギーとを結びつける定数だろ? どうやって無次元化するんだよ?)。それにそもそもリーマン予想に関係する部分は「証明」でさえなくて、歴史を延長したSF的妄想の連鎖にしか思えなかった。



しかし、もし微細構造定数が他の物理量と無関係に、純粋に数学だけで導けるなら、ネイピア数$e$や円周率$\pi$だけではなく、もっと時空の基本的な構造に関係したもの、要するに整数論的な量でないとおかしいと僕は思っている。だいたい$e$や$\pi$と言った解析的な量は、単なる変換係数みたいなもので本質的ではないはずだと僕は思う。

そう考えると参考文献[2]の7.1式は見た目がいかにも解析的数論ぽいし、微細構造定数との関係式1.1にはオイラーの定数が含まれたりしてて、Wylerの定数よりはずっとマシに感じる。しかもまずリーマン予想の解決があってその結果、というのもいかにもという感じでいい。でも、やっぱりもっとはっきりと時空の構造と結びつくような式でないと僕にはもっともらしくは思えない。

だいだいがして、4次元だ10次元だ、いや11次元だ、なんて言ってるのにそれをすっ飛ばして基本定数が決定できると言うのは、僕的には、まだまだやな。
nice!(1)  コメント(3) 

9月23日横浜みなとみらいホールでの読響定期 [クラシック]

この三連休もずっと仕事用のコードをシコシコ書いて過ごす予定だったんだけど、女房お気に入りのアンデルシェフスキとカンブルランが今日の昼、横浜みなとみらいホールでやるのを今朝知った。女房も昼のコンサートはノーマークだったらしい。当日券が残っていると言うので二人で行ってきた。
0923cambreling.jpg
不意打ちみたいに面白かった。女房が気にいるのも良くわかる...

続きを読む


nice!(0)  コメント(0) 

子供の頃の知能検査 [日常のあれやこれや]

今日会社のみんなと昼食を食べていて、どういう脈絡からか、小学校の頃、知能検査というのがあった、と誰かが思い出して、みんながそういえばあったあった、なんて言っていた。僕も2回かあるいは3回受けたような気がする。先生お手製のガリ版刷りではなく、活字印刷されたテストは僕には珍しかったのでそれが記憶に残っている。一緒に食事してたのがみんな六十歳前後で、僕以外はみんな東京周辺の都市部で子供時代を過ごしていた。おそらく昭和40年前後に全国的に実施されていた、ということだろう。

食事しながら一人が、試験の結果、親が学校から呼ばれて聞くに、あなたのお子さんは知能指数が高い、今から勉強に力を入れれば、いずれはひとかどの人物に、などと言われて鼻高々で帰ってきた、という思い出を語っていた。

その話を聞いて僕もずっと忘れていた半世紀前のことを思い出した....

続きを読む


nice!(1)  コメント(4) 

Raspberry Pi使い方のパターン [Raspberry Pi]

仕事では一難去ってまた一難で苦しんでるんだけど、それとは別に工場に入れるために新しい設備を作らないといけない。今日も1日天気が悪かったのでずっと家で仕事してた。

設備の方は、例によって手作り感満載のもの。その設備にもまたRaspberry Piを使おうとしていて、その基板むき出しなのが見た目が悪いと周りからは思われているようである。そして(前の会社ならいざ知らず、見た目にかける金なんかないはずなんだけど)見た目が悪いと信頼性がない、精度が低い、と思う人もいるようである。知ったことか、機能優先。それ以上のことを僕にやらすなよ。

ところでこれまで10台を超えるRaspberry Piを会社の設備に使ってきて、なんとなくパターンが決まってきた。

SPIバスやI2CバスにA/DやD/Aをぶら下げて、バスごとにスレッドを起こして、そのスレッドの中ではループを回してA/DやD/Aを叩いて、データはパイプ経由で本体ループに集めて、本体ループはクライアントであるmacOSとTCP/UDP経由でやりとりして、という感じ。

新しい設備ができるとRaspberry Piを買って、基板をはんだ付けして、ソフト書いて、ということをそのたびにやってる。似たような使い方とは言ってもそれぞれ必要な回路は違ってるので、毎回はんだ付けはしょうがない(僕がやると目がしょぼしょぼしてうまくいかないので、大きな会社にいるんだったら外注したり、若い奴がいたらそいつに振るんだろうけど)にしても、毎回ソフトを0から書くのはバカらしくなってきた.....

続きを読む


nice!(0)  コメント(0) 

Mathematicaの調子が悪い [日常のあれやこれや]

僕は仕事だけでなくいろんな場面でMathematicaに依存していて、Mathematicaがあってやっと人並みの、普通のおっさんとしてなんとかやっていけている。そのMathematicaが、11.3.0にしてからなのか、最近どうも具合が悪い。

気がつくとカーネルが落ちている。フロントエンドのプロンプトが
 In[*]:=
になって計算履歴の数字がなくなるので、それに気がつく。見るとフロントエンド上の全部のプロンプトと出力の履歴の数字がアスタリスクに変わっている。入力履歴はフロントエンドにテキストとして残ってるし、ノートブックとしてセーブできるんだけど、そのときやってた計算作業はそこで全部チャラになるので被害は大きい。

カーネルが落ちる直前にやっていたことといえば、それまで少なくとも今年の初めは、特に問題もなく実行できていたコードなんだけど、たくさんのメモリを使う作業、例えば複数枚のモノクロカメラ画像を読み込んで3D画像にするとか、僕には使い道のないImageIdentifyやFindFacesなんかで遊ぼうとしたときとかで発生することが多いようである。再実行しても同じところでカーネルが死ぬので、書き換えざるを得ない。計算時間よりそっちのほうが工数を喰ってしまう。

ほぼ10年にわたってバージョンアップとハードウェアの乗り換えをしてきた僕のmacOSの環境の問題かと思ってたんだけど、iMacとMacBook Proと両方で、必ずではないんだけど同じようなことが起こることに気が付いた。どうも怪しい。
nice!(0)  コメント(0) 

現代音楽に関するニュース [音楽について]

面白いニュースを読んだ。ドイツ鉄道が駅にたむろするホームレスなんかを寄り付かせないために「無調音楽」を鳴らすという計画があったが、それを取りやめたという。

一体どういう曲を流すつもりだったのか、すごく興味がある。その計画に反対するコンサートを開いたイニシアティヴ・ノイエ・ムジークという演奏家集団の、「そんなもんに使うなよ」と言いたい気持ちはもちろん理解できる。彼らはそこでどんな曲をやったんだろうか。

僕は平均的な人よりは無調などのいわゆる現代音楽に寛大なつもりである。しかしごく普通の人はやはり苦痛なんではないだろうか。げんに僕の周りには、マーラー、リヒアルト・シュトラウスでさえ聴くと頭が痛くなる、と言った人や、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に「ああ?なにこれ、うるさいうるさい」、武満徹のギター曲を「わけわからん」、などと僕に投げた人たちがいた。

ましてや、シェーンベルクの12音や、ベルクやリゲティやシュトックハウゼンやクセナキスやなんかは普通の人にとってはもう十分に攻撃的である。僕も、誰の作品だったか、12分の1半音ずつずらして調律した12台のピアノ作品のムービーを聴いていて、めまいと急激な吐き気を催したことがあった。人間の生理に直接、悪影響があるということを実感した。

現代音楽はあまりに高度化されすぎて、音楽的内容を理解したり評価したりということができるのが、訓練を積んだ専門家だけになってしまった。人間のすることはなんでもそうなってしまう傾向があるが、「音楽は人類の共通言語」「音楽は直接心に響く」みたいな幻想があって、音楽だけは一般の人とは無関係な限られたごく少数の人たちのためだけにあってはならない、というような暗黙の認識があるようにも思える。現代音楽はそういうナイーブな思想に対しても攻撃性を発揮する。そして現代音楽の中にはそういう「毒」を意図的に込めたものも当然存在する。芸術とはそういうものである。

僕は、ドイツ鉄道は計画を実行すべきだった、と思う。それは初期的には十分効果を上げるはずである。しかしホームレスたちの一部はそこに居るしかなく、そこに居ると音を聴いてしまう。そして何ヶ月か、あるいは何年かすればそういう音楽に耐性のあるホームレスたちがある割合で現れるはずである。彼らは現代音楽に抵抗がないだけでなく、そのうち音楽として理解し、評価できるようになる。彼らは反芻するうちに慣れ親しんで、知らずしらず現代音楽のボキャブラリを獲得するのである。

イニシアティヴ・ノイエ・ムジークの演奏家たちや現代音楽の作曲たちはあまり理想主義的な反応をしないほうがよかったのではないかと僕は思う。少なくとも現代音楽が音響として空気を震わせる機会は、今も昔も非常に限られている。

そしてイニシアティヴ・ノイエ・ムジークは、耐性を獲得したホームレスたちを新しい仲間として迎え入れたほうがよかったのではないか。少なくともそのほうが今よりも理解者を増やすことができるはずである。

これは皮肉でも冗談でもない。音楽はただ耳に優しく心地よいだけではない、と言うならそれを実証すべきであり、その真の意味を現代音楽の専門家もそうでない人と一緒に考えるべきだ、と僕は思う。そうしないで飯で釣った一過性のコンサートなんかをするほうに僕はむしろ違和感を覚える。
nice!(0)  コメント(0) 

macOS上のRaspbianクロス環境(付け足し) [Raspberry Pi]

こないだのRaspbianクロスコンパイル環境の話のちょっとした付け足し。僕は年寄りなせいでEclpiseを使いこなせない。そこで無理やりXcodeを使うという話、ちょっとしたオマケ付き....

続きを読む


nice!(0)  コメント(0) 
前の16件 | -