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ディランだと [日常のあれやこれや]

安部公房にもやらず、レムにもやらなかったノーベル文学賞をディランにだと。ボブ・ディランの称揚はすでにもう十分だろう。平和賞の恣意的な選考と同じような価値観のすり替えが感じられる。平和賞はその影響力を考えれば歓迎すべきかもしれないけど、文学賞の位置付けはまったく違うはずである。

そしてこれは、別の見方をすればノーベル財団が音楽を文学の下に位置づけてるという現れでもある。でないというなら独立したノーベル音楽賞を作れ。音楽は決して言葉の添え物ではない。ノーベル財団の評価が最高正当絶対だという思い上がりが根底にあるように僕には思える。

僕はSF者としてはクラークやアシモフやブラッドベリがノーベル文学賞を貰わなかったのはむしろ誇りだと感じているが、もし来年の文学賞を筒井康隆に与えるというなら、その時点で僕はノーベル財団をちょっと見直してもいい。

ハルキ・ムラカミ?誰だっけ、それ?
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