So-net無料ブログ作成
検索選択
前の16件 | -

ヤルヴィとN響 [クラシック]

Eテレ13日夜のクラシック音楽館を聴いた。ターニャ・テツラフのチェロでシューマンの協奏曲と、シューベルトの8番。ターニャのなんだかしゅっ、としたチェロはカッコいい。でも僕はシューマンのオーケストラ曲が苦手なせいで十分理解できない。どうも僕にはシューマンの言うことが外国語に聴こえてしまう。

シューベルトの8番は齟齬が大きかった。ヤルヴィは軽く軽くやりたいのにN響がついてかない、という感じがする。第1楽章の序奏がかなり速いスピードだったり、第2楽章のアンダンテがその序奏よりもさらに速いんだけど、軽さよりも慌てた感じがしてしまう。

3楽章のトリオもオーケストラが遅くしたがっているように聴こえてしまった。そのせいでなんだか落ち着かないざわざわした感じのままトリオがやり過ごされてしまう。主部に戻ると最初にやったよりもなんだか落ち着かない。

フィナーレはもともと落ち着きのない曲なのでそれほど目立たずに済んだ、という感じ。でも、展開部にある特徴的なひびきの重い小節から戻ったときに、そのままその重い雰囲気を引きずっている。僕が考えるシューベルトでは、そこであっさりともとに戻らなければいけない。

前にも書いたけど、僕は子供の頃このフィナーレを聴いて、明るい曲想にもかかわらずいつ果てるとも知れない繰り返しのせいで、ふいにぽか、っと暗い落とし穴が開いてるような空恐ろしい感じがして、怖くていつまでも好きになれなかった。これを聴いて僕はそれを思い出した。

指揮者がすべてコントロールできるわけではないにしても、あまりにも考えていることが違いすぎる、という印象が僕には残った。ヤルヴィとN響のどっちのせいなのか、は僕にはよくわからなかったけど。
nice!(0)  コメント(0) 

ガウシアンビームの光学 - その19 [ガウシアンビーム]

ガウシアンビームのお話。僕としては徐々に佳境を迎える、という雰囲気を醸し出したい。これまで「その1」から「その15」まででガウシアンビームの教科書的なあつかいを(ちんたらと)まとめた。いい近似は実りも多いという実例である、と僕は思っている。そのあと光学に固有の問題のためにまず代表的な数値の確認と基礎となる近軸理論をおさらいして、瞳から出たガウシアンビームがウェストを迎える様子を考えた。今日はそれのちょっと違った表現を考えてみる....

続きを読む


ガウシアンビームの光学 - その18 [ガウシアンビーム]

ガウシアンビームのお話。これまで「その1」から「その15」まででガウシアンビームの教科書的なあつかいを(ダラダラと)まとめた。そのあと光学に固有の問題のためにまず代表的な数値の確認と基礎となる近軸理論を簡単にすませた。今日はもう少し具体的に、光学系の瞳から出たガウシアンビームがその先でウェストを迎えるところをイメージしてみる....

続きを読む


Raspbian設定 [Raspberry Pi]

また工場に来ている。こないだ借り上げアパートで熱中症になったので今回はホテル。でもシーズンなのでまともなところは満杯。今いるホテルはなかなかすごいところだけど、空調があってネットが来てるだけアパートよりマシ。

ところで遊びや仕事で買ったRaspberry Piがもう10個を超えた。全部でいくつあるのかはっきりとはわからなくなってる(若い頃と違って心情的には十進二桁は無限大と同じ)。しかもどれがどれだかわからなくなってきたので、Raspberry Pi 3(あるいはそれ以降)は全部同じ設定にしなおすことにした。家と横浜のオフィスと工場にバラけてて、会社の方針でvpnは導入しない、ということになった(単に僕しか使わないのに月々費用がかかる)ので管理が面倒になってきた。全部がホスト名以外同じならちょっとでも簡単になるのではないかと期待して。

いつからかは知らないんだけどRaspbianはNFSをルートファイルシステムにしたネットワークブートができるようになったらしい。とりあえず今でもローカルのSDカードにはなるべく書かないようにはしてるんだけど、仕事で使ってるやつはSDカードが壊れたら困るのでネットワークブートにしたい。

でもたぶんかなり遅いだろうし、僕としては全部切り替えるにはまだちょっと時期尚早に思える。とりあえずRaspberry Piをヘッドレスで使うための同じ設定のSDカードを作る手順を備忘録として書いておく。例えばRaspberry Pi Zero Wみたいなのは特にそうだけど、モニタキーボードなしでインストールしようと思う人には参考になるところがあるかも....

続きを読む


ガウシアンビームの光学 - その17 [ガウシアンビーム]

これまでガウシアンビームの教科書的なあつかいはこの「その1」から「その15」まででおしまい。もちろんこの数学と物理がないと何も前に進まないけど、今日からはガウシアンビームの光学的なあつかい、つまり数値計算も含んだもう少しドロドロした話に突っ込むことにする。

今日は準備として、まず近軸光学を思い出す....

続きを読む


HDRのリトルインディア [日常のあれやこれや]

平林さんがシンガポールのリトルインディアでとったという、
僕はこれを見てエーリヒ・ブラウワーを思い出した。

写真の中をよく見たら
tanz im fruehling

とか
Rainmaker of Mount Carmel
とか
Last Cockcrow
なんかが含まれているように見える気がする。

平林さん的には「ミス」かもしれないけど、これはこれで美しいかも。

ガウシアンビームの光学 - その16 [ガウシアンビーム]

ガウシアンビームの続き。これまで「Helmholtzの方程式」「平面波解」「近軸波動方程式への近似」「軸対称方程式」「解の仮定」「解の具体的な定式化」「ビームのエネルギー」「積分定数$z_R$の物理的な意味」「$z_R$の限界」「放物面波解」「Gouy位相」「非軸対称解」「さらに高次の解」「Fourier変換による解の表現」「Fraunhofer回折」とやってきた。

これまでは物理と数学の話が多かったけど、今日からは光学の問題として扱う。普通の教科書ではこの辺りでガウシアンビームの話は終わるけど、僕はどっちかというとこれからが本題....

続きを読む


夜中に脱水でひどい目にあった [日常のあれやこれや]

今週ずっと工場のあるあづみ野に行っていた。夏のシーズンはホテルが取れないので会社借り上げのアパートで寝泊まりしている。今週も火水木と3泊した。

昨夜も2DKのアパートの和室に布団を敷いて寝ていたら、夜中の1時過ぎに頭が割れそうな痛みで目がさめた。気がつくと全身汗ぐっしょりだった。寝ている間に脱水していたらしい。

あづみ野は夏でも夜は涼しいということでアパートにエアコンはなかった。ところが昨日は一日中快晴で夜も室温が下がらなかった。部屋の中でいわゆる熱中症になったようである。目がさめてから水を飲んで外の空気を部屋に入れるようにしたけど、一晩中汗が止まらず悶々として夜明けを迎えた。4時ごろには外の空気はずいぶん涼しくなってたのに体感的には室温はほとんど下がらず、窓の網戸に向かってぼーっと立っていた。

朝8時になって工場に向かった。その頃には汗は止まったけど、頭痛はまったくよくならなった。朝イチでやることになっていた打ち合わせを済ませたあとは早引けして横浜に帰ってきた。今もまだ頭は痛い。

問題の一つ目は僕も歳を食って体の反応が悪くなっているということである。そして酒を飲んで寝るという脱水を招きやすい習慣を持っている。しかしこればっかりはしょうがない(何がしょうがないんだ、という指摘もありましょうが)。そしてもう一つはそのアパートの構造。北向きの玄関側に窓がなく南側の窓を開けても風が通らない。そのせいで部屋にこもった熱がいつまでも抜けていかない。

そして最後の一つは居住環境を管理する主体がどこにもなかったこと。ホテルなら厳重に管理されているし、ずっと住んでいるなら自分で制御しようと思うだろう。ところが横浜から技術のメンバがたまにただ寝泊まりするために行くだけで、それ以外は無人なので問題があってもフィードバックがきかない。その改善のためには常駐の管理人を置くことだろうけど、中小企業でそんな贅沢ができる余裕はない。

今朝、工場に来た社長に僕はガンガンする頭で「もうアパートでは寝ない。次からはホテルを取る。ホテルが取れなかったらあづみ野には来ない」と宣言した。社長は困惑しながら了承したが、いかにも理解できない、納得いかないという顔だった。なんか僕がすごいわがままを言ってるという印象を持っただろうけど、会社のために良くないと考えればクビにすればいい。僕も歳で体の方が大切なので中途半端に譲歩するつもりはない。

熱帯夜に年寄りが熱中症で救急搬送されたり死んだりしてるけど、僕もちょっと間違えばその仲間入りをすることになったんだ、ということが実感としてわかった。僕も昨夜目がさめなかったり熱失神でもしてれば朝まで誰にも気づかれずにいて、そのときには命にかかわっていたかもしれない。

しかし、夜明け前の冷たいと感じる外の空気を肌に受けても汗が止まらないのは初めての体験だった。ガンガンする頭の隅っこでその変な感覚を味わうことができたらよかったのに、とちょっとだけ思ったけど、そのときはそれどころではなかった。

しかしなにが気に入らないと言って傍若無人な登山客観光客である。今日も帰りの松本までのローカル線で学生と思われる女の子7人連れと一緒だった。僕にはそもそも彼女らの会話が叫び声に聞こえるし、叫んでいないときは床に座り込んだ状態でコンパクトを出して口紅やマスカラを塗り直して、それが終わればスマホで自撮りして、と松本までの30分余りを過ごしていた。彼女らにとっては風光明媚な風景や電車に乗り合わせた乗客は自分たちの背景なんだろう。

こういう観光客はホテルの部屋を満室にするだけでなくただでさえ本数の少ない特急の指定席を占拠する、巨大なリュックを車両の通路に寝かして通れなくしたあげく、車両全体に響き渡る声で騒ぐ。こっちは仕事なんだぞ、こら。

まあ、それは八つ当たりだ、ということは重々承知だけど、ほんとになんとかならんかな。いや、そもそもこんな観光地に工場なんか建てるなよ、ちゅうことだよな、まったく。

Eテレ「認知症新時代」を見た [日常のあれやこれや]

今週は工場に出張。宿にしている会社借り上げのアパート(ホテルに比べて必ずしも安上がりではないと主張してるんだけど定量的な評価はされず現状維持状態のまま)はネットが来ていないので、そこでは普段見ないテレビぐらいしか下界との接点はない。昨夜部屋に戻るとEテレで「認知症新時代」という番組をやってて、冒頭以外最後まで見た。

僕も、自分ではまだ認知症と診断されるほどではないとは思うけど、歳のせいでいろんなところで認知機能の劣化の自覚がある。女房に言わせると歳のせいというのは言い訳で、ずっと前からだということになるが、もしそうなら歳のせいでさらに劣化が進んでいるということになる。

認知症に限らず人間のあらゆる病気はすべて程度の問題だと僕は思っているので、健常者が或る日突然認知症になって「ああ今、俺は認知症になった」と感じるわけではない。そうではなくて後から考えたらどこかで一線を超えていた、と周りが認識する、あるいは診断がくだることで人は認知症になるので、当事者本人が自覚することは難しい。いや、言い訳してるわけではないけど、いやまあ、ちょっとしてるけど、ちょうど事象の地平線を超える人がどこで超えたのか自覚はないのに、外から見る人からは地平線を超えた以降の様子はまったくわからなくなるのと似ていると言う気がする。

この番組の中で印象深かったのは認知症をカミングアウトして、認知症を患った本人の権利を主張しているクリスティーン・ブライデン某と言う人。この人は40歳半ばで認知症と診断されたらしいけど、もともと学者でいかにも強靭な思考の訓練を十分に積んで来た人だということがわかる。論理的な思考は認知症には妨げられない、という実例だと思うと僕にとっては心強いし、励まされる。進化論的に比較的新しい脳の部分は認知症の影響を受けない、ということなんだろうか。原因によるかもしれないけど。

しかしもちろん論理的な思考力によって認知症が克服できるわけではないし、失った機能を代替することはできない。しかし論理的思考は普遍性があってそれが健常者との接点になり得る。それによって当事者の状況を健常者に具体的に伝えることができる。ようするに痛い痒いこそばゆいは本人にしかわからないけど、極端な話たとえば数学なら他の誰にでも(少なくとも原理的には)理解できる。これは大きな希望である。

ところが残念ながら件の彼女のように強力な論理的思考の習慣は不断の訓練によってしか身に付けることができないし、全ての人がその訓練を経てくるわけではない。その意味で彼女は特殊な例だと言えるかもしれない。逆に強い思考力を身につけなかった人は健常者との接点の一つを初めから失ってしまうと言うことでもある。たとえば「オバマ憎くけりゃ袈裟まで憎い」と言った非論理的な言動をする人が認知症になってしまうと、彼は健常者から理解を得る手がかりを一つなくすことになる。

記憶力や判断力といった色々な認知機能は進化の過程で生物が獲得してきた能力である。さらに論理的思考力は進化の末に人間だけが手にした特殊能力だということができる。生物は得た能力を最大限に利用して生き延びようとする存在であって、人間は偉そうにしてるけど他の地球上の生物と変わりない進化の産物だから、個体としても手にした能力を最大限に利用することが生物として正しい生き方である。

ということで僕も今のうちに訓練を積んで来たるべき将来に備えようと思う。もう遅いかもしれないけど。

「ジョン・ポール・ジョーンズ」 [日常のあれやこれや]

ニュースをみてるとアメリカ海軍のミサイル迎撃実験に失敗というのがあった。件のイージス艦はジョン・ポール・ジョーンズという名のミサイル駆逐艦だという。米海軍にレッド・ツェッペリン好きがいて、それでついた名前なのか、と一瞬目を疑った。

ツェッペリンにはジョン・ポール・ジョーンズというベーシストがいて、テクニシャンではないけどキーボードなんかも持ち替える個性派で、僕らの世代のロックバンドのメンバには大きな影響を残している。ツェッペリンの曲に時々ある「あえて頑としてコード進行しない」というのはジミー・ペイジよりもこのジョンジーの個性ではないかと僕は思っている。

戦艦駆逐艦が勲章をいっぱいもらった偉い人の名前をもらうというのは、双方にメリットがあっていいことなんだろうけど、どうも偉そうでやっぱりつまらない。「駆逐艦スイートプリキュア」「護衛艦ポワトリン」「空母セーラーマーズ」「巡洋艦シュシュトリアン」とかどうだろうか。めっちゃ古いか。でも敵によっては
「ってーっ!」
「....」
「どうした!?」
「私には撃てません」
「何故だ?」
「シュシュトリアンを攻撃するなんて...月子萌えの、私にはできません....」
ピンポイント防御。

今なら艦これがあるではないか、と言われそうだな。そりゃそうだ。

「ウラムの螺旋」を描く [日常のあれやこれや]

ここんとこ新しい光学素子の設計の最適化や組み立て設備のシーケンサがわりのRaspberry Piやなんかのソフトウェアを書く仕事をいくつか抱えている。どうしても大きなものになりがちで、一人てやってると煮詰まってしまいやすい。とくにここ数年歳のせいかスループットが落ちてるような気がする。

そんなことでついつい、ちょこちょこっとした全然関係ないものを気晴らしに書いてしまって、そっちが面白くなってしまうことがある。もっと真面目にやらないといけないと思うんだけど、集中力が落ちてしまってどうしようもない。買えるものなら集中力や思考力を買いたいものである。それが手に入るなら金に糸目はつけないんだけど。

それはまあいいとして(よくないけど)、そんな気晴らしの中でこないだのAnglePathを使えばすぐ描けると思って、「ウラムの螺旋」を描くMathematicaのコードを書いた。実は、ちょっと風邪をひいてしまって昨日今日と会社をお休みしてた。その間、退屈だったのでついつい遊んでしまっていた。

今回のMathematicaコードはRaspberry Piのバージョンでも動くのでRaspberry Pi3なんかを持っている人は試してみてほしい。しかし「ウラムの螺旋」って不思議だなあ....

続きを読む


ガウシアンビームの光学 - その11 [ガウシアンビーム]

これまででその1「Helmholtzの方程式」その2「平面波解」その3「近軸波動方程式への近似」その4「軸対称方程式」その5「解の仮定」その6「解の具体的な定式化」その7「ビームのエネルギー」その8「積分定数$z_R$の物理的な意味」その9「$z_R$の限界」その10「放物面波解」なんかを順にまとめてきた。

今回は、最後に残った位相の係数と、球面波との比較について.....

続きを読む


前の16件 | -
メッセージを送る